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2023-06-11

インドネシア ジャカルタ旅行 2日目

7:00
30分前からダラダラしていたけど起きる気になりました。
基本的に平日か旅行している時しか朝早くに起きないですね。

しょくぱん
とりあえず、6時から10時までの朝食会場に行ってみます。受付で部屋番号を告げるとリストになく朝食がついてないですよと言われた。やっぱりかー
有料で用意できるともいわれたが断って部屋まで戻りました。
よし、しょくぱん、君の出番だ。
レーズンとバターがたっぷり入ったパンでした。とてもおいしいけど、断じて食パンではない。日本食レストランも多くテナントに入ってたので日本のメーカーがブランド名で売ってるんでしょうか。謎い。

北向きの窓
日が昇ってきて北向きの窓から日が差し込んできました。理屈じゃわかるんだけど違和感がすごい。昨日も18時には日没してました。6月で暑いのに日の長さは変わらない。これも赤道直下ということですけど知識で知ってるのと体感するのはまた違う。

Google Mapを見ながら今日の工程を考えます。近くに国立博物館があるのでまずそっちによって、モナス、モスク、教会を見物して夕方に空港行きの電車に乗ろうかな。
ちなみにこの計画は破綻することになる。

どぶ川と屋台
9:50
宿をチェックアウトしました。
なんだか立ち眩みがするのでスロースタートです。中産階級は日本と同レベルですが、日本と違うのは低所得者層がいるということ。日本にはない存在です。正直なところうらやましい。日本には低所得者層がいない歪があると思います。

ラウンドアバウト
ジャカルタのメイン通りの交差点はいくつかがラウンドアバウト式になっています。
日本ではあまり見慣れないものですが欧米ではかなり一般的です。この交差点の特徴は交通量以上の土地面積がないと詰むこと。ジャカルタでは頻繁に交通マヒが生じるらしいです。
もちろん政府も無策ではなく、昨日利用した地下鉄や写真のような専用道利用のバスで混雑緩和を試みているようです。リアルCitiesですね。

国立博物館 何か
10:15
国立博物館に到着しました。午前中ですが暑いです。31度あるので真夏です。
入館料は25000IDRとお安い。外国人向けにはもっと値段を上げていいのではなかろうか。
みんなが写真を撮っている何かはちょっとよくわからなかった。

国立博物館 象
何かの横には象の像。こっちはマスコットなのかデフォルメされたイラストが各所にありました。

国立博物館 仏像
館内に入ると大量の仏像に圧倒されます。7世紀くらいのものらしい。日本に仏教が伝来したのもこの時期なので布教活動が流行してたらしい。

国立博物館 豚の像
こっちも結構有名らしい素焼きの豚の貯金箱。なぜ人類は豚を貯金箱にするのか。

国立博物館 青磁
絵付けと色が鮮やかな青磁は中国から伝来したもの。この辺りも日本と同じです。
総じて中国から文化が定期的に流入する島国という感じで日本と類似点が多いです。

スカルノ大統領とハッタ副大統領
今のインドネシア建国の父であるスカルノ大統領の人形です。こうして偉人を伝えていってるんですね。今日は休日なので多くの学生が博物館に来ていました。

この博物館はインドネシアの歴史が実物を目の当たりに学習することができます。
日本の歴史は3000年、中国の歴史は4000年、韓国の歴史は5000年(笑)。インドネシアは100万年と案内されていました。ジャワ原人が発見されたところからの展示になってるんですよね。発掘、地質、などの周辺知識の展示もある非常に興味深い博物館でした。

コーヒーと謎(鑑定失敗)
12:30
たっぷり2時間も博物館を堪能しました。
そろそろお昼にしたいです。博物館内の喫茶店が軽食も出してくれそうです。メニューも入り口に掲示してありました。
ところがお昼時で館内に人が結構いるも誰も入らない。なぜだ。
営業してないんだろうか、しばらく観察してみたところ人が入って注文しているので営業はしているみたい?
思い切って入店してカウンターで注文を試みます。メニューは見やすい位置に掲示してあるものの、店員からは見えない角度です。これは指差し注文が難しい。
インドネシア語しかなく読み方もよくわからない。とりあえず価格的に食事っぽいものをローマ字読みしてみよう。なし?
そうすると、店員が今日は米はないここにあるものだけだ。と言ってガラスケースを指してくれました。なるほど、今日は提供メニューが限られるのか。これが人が少ない理由かな。
ならばと、茶色く大きながんもどきっぽいものを指さして1つ欲しいと伝えます。
お腹に入りそうなものは頼めました。あとは飲みのが欲しいところです。
飲み物が欲しいと伝えるが、店員は首を傾げます。メニューは?と聞くとレジ前のインドネシア語のメニューを指します。むむむ。このとき、店員の肩越しにコーヒーマシンが目に止まりました。これだ。「コーヒーをください」すると店員がメニューを指さして「コーヒーはこれね」と言ってくれました。kopiよ。お前コーヒーだったんかい!
一番上のアメリカを注文すると、「アメリカンね。ホット?アイス?」「アイスで」飲み物もオーダーできました。
とりあえず私は頑張ったよ。少ない気がするけど、昼なら屋台を見つけておやつも食べられるでしょう。
さて、コーヒの方はアメリカンでした。薄いコーヒーのみで砂糖も練乳も入っていない。薄いコーヒーはインドネシアでもアメリカンなのか。
問題はカウンターのガラスケースにあった謎の食べ物です。何かを揚げてシロップに漬けた感じのようで甘いです。しかし、何を揚げたのかがわからない。一番近いものはさつま揚げかなあ。調べてもよく分からなかった。

モナス
国立博物館の次は隣にある大きな公園に行ってみることにします。

博物館を出るところで敷地ギリギリの内部の椅子に座ってたおっさんが「止まれ止まれ」と言ってくる。
あれ?出口だよね?
そう思ってたら「どこに行くんだ?移動方法は?」って写真見せながら聞いてきた。
ただの客引きかい。「隣に行くだけで歩いていくよ」と断る。

この塔はインドネシアの独立を記念して建設された独立記念塔らしいです。周辺は大きな何もない公園の用な感じで整備されています。北東部は地形の関係で少しえぐれていますが、ほぼ真四角のきれいな公園です。四角の公園だと東西南北の辺の中心から入れるのが日本ですが、ここは四隅の頂点から入れます。
入り口では警官が警備をしています。門も少ししか開いていない。私を見ても素通ししてくれたので露店を制限しているのかもしれない。

周りに何もなくてあまり大きく感じられませんが、なかなか大きな塔です。
近くに人がいるのですが、周辺にフェンスがあって入れない。入場料がかかるのかな。そして入り口はどこだろうか。
探していると警備員と話してた現地の人が話しかけてきた。
話してみると、この塔は上まで登れるが休日なので学生が多くて混み合っててる。地下の博物館なら行けるから案内できる。ということだった。

独立文書保管庫
案内してもらった。この人物はチケット売り場の職員に声をかけてパスを改札に翳していたようなので職員のようです。
内部の展示の説明もしてくれます。これは入場料+ガイド代が後で請求されるパターンっぽい。まあ、説明も興味あるので別にいいか。
この塔はただの記念塔かと思っていたら、インドネシアの独立宣言の文書がここに保管されているらしい。今のインドネシアを証明する文書なので厳重に保管されている。文書の承認を行ったのが日本ということで日本にはとても感謝しているとこのガイドが言っていました。
公式なインドネシアの独立は1945年8月17日ということです。2日前には敗戦の宣言をしてたような。ガイドに伝えると「日本がアメリカに負けるわけ無いじゃん」って返された。このガイド、若干知識が怪しい。
気になったので後日調べてみると、太平洋戦争中に既に独立承認は現地軍政府下で行われていて、スカルノ初代大統領の公式宣言がこの日だったみたいです。日本の前にインドネシアを植民地化していたオランダとしては侵略してきた日本が現地人と共謀して独立させたという事になった。当然激怒することになって独立宣言を無視してインドネシアとオランダは独立をかけた戦争を行うことになる。ちなみにこのガイドは「オランダは許せねえ」と言ってた。オランダ的には今のクリミア半島くらいの状況だったんだとは思う。
日本の教科書だと太平洋戦争で劣勢だったのでインドネシアは放棄してついでに独立を認めたとあるけど、これは間違い。元々、太平洋戦争は東南アジアの独立を目的に開戦されています。資源が豊富な東南アジアから東アジアを一つの経済圏にして欧米と勝負できる規模にすることが太平洋戦争の目的でした。もちろん日本が主導権を握るという下心はあったんですけどね。中華民国、タイ、マレーシア、インドネシアは割とうまく行ったほうだと思います。フィリピンとベトナムは戦後になんやかんやありすぎて微妙な感じになってしまって、朝鮮は戦後真っ先に裏切りました。朝鮮が最も投資が大きかったはずなんだけどなあ。

Merdeka Palace
モナスでのガイドが終わると「次にどこに向かうつもりだ」と聞かれるので「モスクは見に行くよね」というと「じゃあ、こう行くといい」と指さしてくれます。さてガイド代かなと思ったら、そういうこともなく、むしろ敷地外までついてくる。
あれ?
これはもしや勝手にガイドしてきて法外なお金を要求するというあれでは?
いちよう案内はしてくれるし現地の話もしてくれるので楽しい。しかし、いくら要求されるんだろうか。この建物はホワイトハウス的なところだと言っていた。

Supreme Court of the Republic of Indonesia
こちらは裁判所かな。モナスの北側は主要な政府組織が固まってあるみたいです。

Masjid Istiqlal
ジャカルタで一番大きなモスクです。インドネシアはイスラム教徒が一番多いです。とても立派な鉄筋コンクリート製。現代的だなあ。

Gereja Katedral Jakarta
モスクの正面にジャカルタ最大のキリスト教の教会があります。尖塔は崩れたらしいので新しい鉄骨製。
インドネシアも日本に負けないくらい地震大国ですしねえ。流石に丈夫な建物を作るしかないか。
中等の方だとムスリムとキリスト教徒は仲が悪いが、インドネシアだと友好的でそれぞれのお祭りをやっても安全だ。とガイドが自慢していました。「多くの島、多くの民族、言語も宗教もたくさんあるがそれがインドネシアだ」と自慢していました。確かにティモール島では成功したとは言えないが、概ねうまくはいってますよね。これはすごいことだと思う。
ちなみに「宗教は?」と聞かれたので「神道だ」と答えて柏手を打ってみせたが、「それは知らないなあ」と返された。そりゃそうだよね。

さて、モナスで伝えたルートは消化しきった。「次はどうする?買い物する?」とガイドが聞いてくるので「空港に案内してくれ」と伝えた。ガイドはまだ早くないかと言ってくるが、早いのはわかってる。あなたがいくら請求してくるかが不安なんだよ!
いくつか、選択肢を提示されたが、最も安価であろうバスを選択した。バスだとガンビール駅から出てるからそこまで行こうということなった。

ガンビール駅裏手のバス停が見える所まで来たところでおもむろにガイドが価格を提示してきた。
お?ついに精算か。
「まず、モナスの入場料が25だ」とガイドが言う。私が25,000IDR出そうとすると、「いや、25USDだ」という。「国立博物館が25,000IDRだった。そんなわけ無いだろ」「それは間違いだ」うーん、埒が明かない。
「トータルでいくら欲しいんだ?」「ルピーなら600(k)だ」
かなり高いな。さてどうするか。

1.時間をかけて交渉する。→こちらの言語能力も問題だし、何よりも暑い。持久戦は難しい。
2.脅迫する。→論外。ガイドは道すがら多くの現地人に声をかけていたので仲間は多いと見た方がいい。
3.金が無いという。→ここが駅の隣というのが問題。駅にはATMがあるので、駅に連れて行かれるのが落ちである。
4.諦める→今回はこれですね。

「わかった。わかった。600払ってやる」
ようやくバス停で「あそこでチケットを買って向こうのバスに乗るんだ」と案内してくれた。
楽しかったけど。負けたじぇ。

インドネシア国営バス
15:32
もう少し観光したかったが、空港行きのバスは発車してしまった。経由便ならガイドをまいて観光続行だったんだけど、まあしかたない。
「渋滞があるから時間はかかるけど安いよ」とガイドは言ってましたが80,000IDRでした。鉄道よりもだいぶ高い。乗る前に運転士に行き先を確認したので大丈夫だとは思うけど、これで空港に行かなかったらどうしようもないな。
インドネシアらしい空調の効きすぎた車内で完全に気が抜けてしまっていて出発前に運転士がなにか聞いてきたのですが聞き逃した。
運転士が「1?2?3?」と言ってる。チケットは渡したはずなのに1人に見えないのか?と思ったけど、選択肢が1~3というところで気がついた。
「ターミナル番号か?」「そうだ。テルミナル(ターミナルがだいぶ訛ってる)」「3だ」「OK」
乗客がいなかったらスキップするのかな。

バスは途中から高速道路に入る。インドネシアでも高速道路は有料らしい。しかもETCのようなGTOレーンがある。しかし、乗用車のみらしく利用には厳しい車高制限がある。バスは有人レーンを利用していた。日本だと車種は車載器側で判断される。日本でも違法な車載器の搭載があるのでそういったものへの対応かもしれない。

高速道路を空港手前で降りると路端に一旦停車。空港から近いがターミナルからは遠い。微妙な位置で客扱いするんだなと思ったら、水売りが乗ってきてペットボトル入りの水を売り始めた。誰も買わない。水売りはそのまま降りていった。
いや、これから飛行機に乗る人はペットボトル飲料は買わないと思う・・・
明らかにミスマッチな商売なのだが、気になるのは国営のバスが態々停車して水売りを乗せた点です。合法とは思えない。黙認されている商売なのかな。

16:27
スカルノハッタ国際空港第3ターミナルに到着しました。
道なりに30kmといったところ。そこそこ時間はかかったけど1時間なら特に問題はないと言える。鉄道ができるまではこれが街と空港を結ぶ手段だったと考えれば妥当なラインである。輸送量はちょっと不安だけど。

スカルノハッタ国際空港第3ターミナル
空港に到着。一安心する。でも、よくよく考えると昨日空港を出発して24時間もたってない。我ながらすごいスケジュールの旅行だなあ。
ターミナルに入る前に荷物のX線検査機がありました。前を歩いていたインドネシア人がスーツケースを台に置くので私もザックを下ろしたら、お前は不要だから中にはいれと言われた。大型の荷物だけ検査してるのかな?

イスラムっぽい飾り
ターミナルの中央に鎮座する飾りはモスクっぽい。でも、ジャカルタの大モスクはこの形じゃなかったな。外国人がこぞって写真を撮っているので私も写真を撮る。

デジタルエアポートホテル 外観
明日の飛行機は7:10発とかなり早いです。国際線なので2時間前は必須ですが、初めての空港なので勝手がわからない。3時間前には到着しておきたい。街から空港までは最低でも1時間となると、ジャカルタ内に宿を取ると3時チェックアウトになります。無理である。
空港内のホテルは外国人をターゲットにしているようでなかなかのお値段が並んでいる中で一つだけ安いホテルを見つけたのでこちらにしました。
場所がよく分からなくて探したのですが、第3ターミナルの国内線側にありました。
第3ターミナルの出発階からだと東の端のエスカレータを下った場所です。
チェックインする際に50,000IDR必要でした。デポジットだということでした。ちょうど現金があったのでキャッシュで渡しておきます。

デジタルエアポートホテル 居室
このホテルが安い理由、それはカプセルタイプだからです。
実はカプセルホテルはここが初めてです。初めてのカプセルホテルが海外になるとは思ってなかった。

Sate Khas Senayan
ホテルに荷物を置いたので晩御飯にしましょう。
空港内には何があるかな。
ペッパーランチ、A&W、しゃぶしゃぶ、丸亀製麺、吉野家、ケンタッキー・・・
見慣れた店が多いなあ。ビアーズパパとかファミマもある。
流石に知らない店がいいな。
色々物色してSate Khas Senayanに決めました。Senayanはインドネシアの地名っぽいのでインドネシア料理でしょう。Google先生の翻訳によるとサテレストランとあったので食堂であることは間違いない。
接頭辞のサテはなんだろうか。サテライト=衛星なので、付随するとかそういう意味なのかな。つまり、サテレストランはお手軽にご飯が食べられるよ。そういうことですね。
注)サテはインドネシア料理で串打ちした肉を焼いた料理らしい。つまり、やきとり屋だったというわけです。後で調べた。

SENAYAN Nasi Uduk
メニューは写真つきで外国人にも優しい仕様でした。
1ページ目は焼き鳥が並んでいる。飲み屋だったか!?と思っけどアルコールのメニューがない。お酒を飲まないイスラム教徒が多いしなあ。ページを捲るとワンプレート料理のようなご飯付きのメニューが有りました。これにしよう。
値段もそこまで高くないみたいなので色々食べれそうなNasi Udukにしました。Udukはよくわからない。
味はめちゃくちゃ美味しい。なお、食べ方はよく分からなかったので自由に食べた。
付け合せのソースは辛味かと思ったが、全く辛くはなかったのでかなり謎です。
お米は他の副菜と一緒に食べるとちょうどいい感じです。そもそもそいう食べ方が前提になってるのかな?
大満足の一品は70,000IDRでした。
空港価格でこの味と量を考えると、昨日の百貨店の食事はかなり高かったなあ。

SENAYAN Es Lime Tea
飲み物はライム入のお茶にしました。甘さと酸味がちょうどいいです。お値段は33,000IDRでした。
全体としてかなりいいお店を選択しました。インドネシアで食べたものの中では一番美味しかったんです。

さて、満足したのでホテルに戻ります。
このホテルはトイレとシャワーが一度外に出ないとだめでした。ちょっと利用しにくい。
シャワーのタオルがどうしても見つからなかったので利用しませんでした。うーん、武漢ウィルスのせいなのかなあ。まあ、寝るためだけのホテルですね。
明日の朝は早起きしないといけないので早めに就寝します。初めてのカプセルホテルですが眠れるかなあ。

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