マチュピチュ村
Hotel Santuario Machupicchu
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| Hotel Santuario Machupicchu |
ホテルを朝5時に起床しました。
起床して先に荷物を整えます。
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| 朝食 |
朝食はコンチネンタルスタイルでした。そう思っていたのですが、ホテルのスタッフが卵料理を作ってくれるということだったのでスクランブルをオーダーしました。バターたっぷりで美味しかったです。海外で卵料理を頼むときはスクランブル一択ですね。サニーサイドアップも好きなのですが、半熟のサニーサイドアップがいいんですよね。海外で半熟は望めません。ところが最近は日本産の生食可能な鶏卵が輸出されていて、たまに見かけます。スーパーでも超高級品として売られていて、日本で買うより高値がついています。他にも日本産和牛が高級食材として輸出品になっていますね。農産物では果物が輸出されているのですが、こちらはほぼ見かけないです。果物の方は支那人と朝鮮人が種苗を窃盗して栽培して日本産に偽装して販売しています。品質がイマイチなので日本産も風評被害が出ているんですよね。和牛と鶏卵の方は生産方法が特殊なので支那人と朝鮮人が窃盗しにくいので日本ブランドが守られています。
マチュピチュ村
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| ウルバンバ川 |
食後、ガイドさんとの待ち合わせ時間までに村を少し散策します。
この先でアマゾン川につながるウルバンバ川です。植生とかの様子を見るとアマゾン川の上流と言われても納得できるかもしれない。
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| 野内与吉 |
マチュピチュ村が観光の拠点として発展したのは、日本人の野内与吉さんの功績が大きいです。鉄道しかない土地で集落を築くというのは現代だと正気を疑われそうですが、日本でも昭和後期のモータリゼーション前までは同じような感覚でした。
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| Estatua de los dioses Incas |
村にはインカの彫像があって、この辺りは観光地だと実感します。
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| Estatua Machu Picchu Pueblo |
村の中央広場にも彫像がバッチリです。こちらも春分の日の関係なのか日中はイベントが開催されていました。
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| 貨物駅 |
旅客駅の先にある貨物駅はマチュピチュの物流の拠点です。
日中は旅客便で運行がいっぱいなのか、深夜に貨物便がやってくるのが音でわかりました。
マチュピチュツアー
マチュピチュ
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| バス行列 |
7時半にガイドさんと合流して、バス乗り場に向かいます。
入場の時間別に行列ができています。
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| バス待ち |
9時入場の列に並びます。それにしてもすごい人出です。
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| バス |
バスは村と遺跡の間でピストン輸送をしているようです。長さが少し短めのバスですが、どうやらこのサイズが村で転回できる限界の長さみたいです。
そもそも道路がないのにバスがあるのはなんでだろうと思って聞いてみたところ、このバスも鉄道で運んできたということでした。
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| 未舗装路 |
バスは未舗装のつづら折りを遺跡に向かって登っていきます。大体300m登る感じです。
観光客が多いので多数のバスが連続して運行しており、頻繁に離合が発生します。
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| 開場待ち |
9時開場の列に並びます。
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| 入口 |
9時になったので遺跡に入っていきます。入口通過まで15分程度かかりました。
さて、マチュピチュ遺跡ですが、コースがいくつかあります。このコースは選択できないというなかなかの仕様になっています。しかも、コースによって見られないものが多数あるので、何を見ることができるのかはかなり運になります。
私のコースは2-Aでした。私としてはなかなかの当たりコースだったと思います。他を知らないのでなんとも言えないけど。
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| 穀物倉庫 |
まずは農業区から入りまして、復元された穀物倉庫がお出迎えです。
穀物倉庫は2階建てで斜面に建っており、斜面の上側にある2階部分から穀物を投入するらしい。斜面の風を利用して穀物を乾燥させる仕組みになっているらしい。
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| マチュピチュ |
坂を登りきったところで、2番コースの目玉であるマチュピチュの全景が見えます。
この光景は写真でよく見ました。ここに来るまではマチュピチュが王都だと思っていたのですが、ここは王族が住んでいた別荘ないしは分家の拠点だったと見られているらしい。
防衛にも優れているとは思いますが、農業の日当たりを考えると川沿いよりも日照が確保できそうです。周囲の地形を見ても日当たりが良くても、水と土壌の確保は難しいことがわかります。水は雪解け水を水路で集めて引き込む感じになっていて、土壌はなんと土地改良で手に入れているらしい。品種改良といい、農業に関してはかなりの技術があったのですね。
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| 街の入口 |
街の入口は非常に狭いです。物資の運搬はリャマが担当していたらしい。地形的に車両は全く使えないですね。
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| 住居 |
住居は狭いです。この面積で5人分と見られているようです。窓の形が台形になっているのが特徴的で、これはアンデスで発生する地震対策になっているらしい。
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| 農業区 |
こうしてみると農業区の面積もそれなりのものです。現在観光できる範囲の外にも畑が広がっていたらしい。また、この石組みは土壌の侵食を防ぎ、がけ崩れを予防する働きもあるそうです。
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| 広場 |
町の中央に広場があります。左の山手側が支配者階級の住居らしい。
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| 一般区 |
下手側は一般人の生活エリアらしい。
この辺りは構造の粗雑さからそうだと見られているようです。
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| 祭殿 |
広場の山手側に祭殿があり、石切り場も近いです。運搬中の石材も見つかっていて、この祭殿は建築中と見られています。
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| 農業区 |
最後に農業区を振り返って、2番コースは終わりという感じです。
やはり一番は写真の光景を見ることができた点ですね。
Sabor Gourmet Restaurant
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| Sabor Gourmet Restaurant |
比較的余裕を持って街に戻ってこられたということで、2時間ほど自由時間ができました。
この間にお昼御飯にします。店頭のおばちゃんにあるかどうかを聞いて、この店にしました。
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| Cusqueña Trigo |
まずはクスコビールにします。今回はTrigoで白ビールですね。
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| Cuy |
あるかどうか聞いたのはクイです。見た目のインパクトがすごいですが、味は鶏肉ですね。皮目をパリッと揚げていることもあって鶏の半身揚げみたいです。ただ、初めて見るので骨格がわからない。ガイドさんが可食部は少ないですよと言っていましたが、たしかにそんな感じです。それでも1匹全部食べるのはなかなか大変ですね。次回はないかな。脂も強いので2~3口分で十分かも。
帰路
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| ウルバンバ川 |
帰りの鉄道は切符がうまく取れなかったとかで、ガイドさんとは別の車両になりました。オリャンタイタンボで間違いなく下車するように言われました。帰りの列車はパーチャー行きのようです。ここでガイドさんとWhatsAppの連絡先を交換しました。どうも私が日本人だから、WhatsAppを使っているとは思っていなかったみたい。電話番号でやり取りできるので、海外だと便利なんですよね。
帰りの列車の私の座席はボックス席で、私以外の3人はシアトルから来たアメリカ人ということでした。ペルー鉄道よ、3人の中に2人組の片割れを入れるなw
帰りは切符どおり、外国人向けでは一番安い席でした。冷房がないので、なかなか暑いです。ペルー鉄道利用のときはせめてエアコン車にするべきですね。
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| Skylodge Adventure Suites |
オリャンタイタンボで下車してガイドさんと合流します。ガイドさんが「道が混み合うので早めに降りてください」と言うので、駅到着後に手動式のドアを自力で開けたら駅のスタッフに「待ってください」と止められた。すみません、誰もいなかったもので・・・
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| Chicón |
オリャンタイタンボの駅から2時間半ほどかけてクスコまで戻ってきて、このツアーは完了です。クスコ到着時には既に日が落ちていましたが、ガイドさんによると、3時間程度はかかる想定だったので、早めに戻れたということです。そして、明日のツアーもガイドしてくれるということでした。別のツアーの予約だったのですが、同じ人にガイドしてもらえるのは非常にありがたいです。連絡先も交換しているので、明日の集合も安心ですね。
Pizzeria Araví
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| Pizzeria Araví |
晩ごはんを探しに外出します。ただ、時刻はもう20時を過ぎているので、混雑していなくて遅めの時間まで営業している店に限りますね。
そういうわけで、ホテル近くのピザ屋にしました。理由はわからないけど、ピザ屋は結構多いのですよね。
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| Cusqueña Negra |
飲み物はクスコビールのNegraを頼みました。これは黒ビールですね。CusqueñaはDoradaとNegraとTrigoをよく見かけるので、これで3種類制覇です。好みとしてはTrigoが一番かな。
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| Super Aravi |
ピザは北イタリアの方の感じかな。具材はハムとソーセージとガーリックかな。オーソドックスな肉系ピザですが、美味しいですね。ピザ窯もあって、割と当たりのお店だったかもしれない。付け合わせのソースはマヨネーズ系とチリ系の2種類ですが、どちらも要らない感じです。
今朝も早起きで、明日も早起きなので、早々に就寝します。
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